マダミスって何という素朴な疑問

どうも、夏の暑さにやられてベッドにへばりついていました、四扇イドラです。

 

いつかどこかで書いたかもしれませんが、僕はマダミスというゲーム(群)が好きで、しばしば遊んだり、あるいはGMをしたりしているのですが。

好きなゲームというのは布教したくなるわけで、ときにマダミスを、どころか会話を中心とするパーティゲームやRPをするゲームすら遊んだこともない人も誘ってみたりするわけです。

そうすると、決まって飛んでくる質問として”マダミスって何?”と訊かれます。

僕は、まさに誘おうとしているシナリオに応じて、それっぽい説明をしているわけですが。

マダミスをマダミスとして定義することの困難に出くわすことがあります。

 

マダミスの定義云々という議論は、ずいぶんと昔からされてきたようで、有名なマダミスプレイヤーやシナリオ作家が一応の定義(説明)をしてある程度市民権を得たり、定義づけることに意味がないという結論に至ったり、あるいは、マダミスから周辺概念を区別するための名称が提唱されたりしたわけです。

 

したがって、高々数シナリオを遊んだだけの人間が新しい提言をすることも、それが浸透することもないだろうと思いますが、しかしここで、あえて或る視点を投入したいと思います。

すなわち、”マダミスをどう定義しようとしたかが、その人の思考(/嗜好)を示す”という視点です。

 

1つの、ごく厳密な、万人に共有される定義を探し求めることはいったん諦め、しかしマダミスの定義を模索するなかで、自分がどういうゲームをしたいと思っているかを見つめる。そういう試みがあっても良いのではないかと、そう考えている次第です。

 

というわけで、以下は、マダミスの定義を模索しながら周辺的な事例を眺めていきたいと思います。

まあ、いうても雑記なので、ゆるーく、そんな考えもあるのね程度に読んでいただけると幸いです。苦手な人には読むに堪えられない、理屈っぽい話が続きます。

たたき台として

どこかのサイトなりブログなりから拝借しようと思ったのですが、思ったより定義として断言している人が少なく、丁寧な説明をしているものばかりだったので、ひとまず、僕が用意した、もっとも狭そうな定義を示すことにします。

(たたき台にするには乱暴で狭い定義の方が扱いやすいため。)

 

すなわち、

”参加者全員が、物語の登場人物となり、殺人事件について、事件の真相解明を目指す、トークゲーム”

を土台に、考えて行くことにしましょう。

 

物語の登場人物となり

順番は前後しますが、比較的明瞭な議論から始めましょう。

物語の登場人物となることがマダミスをマダミスたらしめるのは、それが、謎解きやその他の推理ゲームと区別されるかだと考えます。

したがって抽象的には、物語の登場人物となる、という要素について疑義を呈する人は少ないように思われます。

 

が、もう少し細かい話となると別です。

物語や登場人物にどの程度の具体性を求めるか。それが背景や結末として描かれている必要があるか。あるいは、推理において重要な要素となっているか。

多くの場合には、シナリオに対する好みの問題であって、物語や登場人物の描写が不足していても、それをもってマダミスにあたらないとはならなそうですが。

定義に含めたいというのであれば、あなたは、物語の表現形態としてマダミスをとらえているのかもしれません。

RP(ロールプレイ)

さて、この要素に黙示的に含まれているのが、RPの概念です。

求められるRPの程度が、そのシナリオや卓によって異なるのは、もはや当然のこことするにしても、それはやはり好みの問題でしょう。

が、全くなくていいか、というと意見が分かれてもおかしくない、と僕は個人的に思っています。まあ、RPが全くない場面を見たことがないので(例えば、HOに書かれた時系列を自分の経験っぽく話すことや、相手の名前をキャラクター名で呼ぶことですら十二分にRPである。)想像はつきませんが。

 

この点については、定義云々は別にしても、人によって熱量が異なりますから、あなたのマダミス観をかなり支えるのでしょう。

殺人事件について

殺人

murderの直訳が殺人なので、殺人としましたが、これはかなり議論がありえそうです。

第一に、被害者は死んでなければならないか。つまり、殺人未遂の場合を含むのか。

第二に、殺意がなければならないか。殺意がない場合には、攻撃する意図があった場合と、それすらなかった場合とが、それぞれありそうです。

第三に、そもそも人の生命・身体が脅かされなければならないか。まあ、典型的には何かを盗んだとか、壊したとかでしょうか。

 

殺人と、それ以外の犯罪と、および犯罪にすらならない行為とでは、ことの重大性がかなり異なります。また、被害者がいるか、存命かというのは、現実であれば真相解明に至る経緯も左右します。

 

およそ推理がしたい、という人にとってはマーダーミステリ―という名称に反して、問題となる事件が殺人かどうかは、大きな差異ではないということになりそうです。

また、殺人事件に特有の、被害者がいるが証言できず、血痕や凶器といった物証があり、また被害者のいた場所でなければ犯行ができないなどの要素を含めた推理がしたい、という場合には、被害者が重篤な殺人未遂や傷害致死なども含めて、広義の殺人であればよい、となりそうです。

 

これに対して、殺人事件が起こった際の、犯人の背景や動機や、被害者遺族の感情、あるいは犯人を捜そうという強い意志などに重きをおく人は、殺人事件や、それに類する重大事件であることを定義に含めても不思議ないように思われます。

物語やRPを重視することとの相性が良いでしょう。

事件

これは上述と重なりますが、事件であることにこだわるか、ということです。言い換えれば、事故の責任や原因を究明するシナリオをマダミスに含めるか、ということです。

いわゆるミステリにおいて、動機が重要な要素の一つであることに照らせば、かなり議論があってよいと思われます。

あるいは、重大なミスがある場合に、それを自覚していれば含まれると感じるかもしれません。

について

問題となる事件について、大切な要素がもう1つある、と僕は考えます。

それは事件が起こったタイミングです。

事件について推理をする以上は、推理の対象となる事件はゲーム開始前、又は会議開始前には起きているのが通常です。

そこで、会議開始後に順次事件が起こるものが含まれるか(あるいは、事件を起こそうとする人物がいるものが含まれるか)が議論されうるわけです。

会議の対象となる主たる事件(例えば殺人)と、会議の最中に進行する従たる事件(例えば証拠物の窃盗)とが両立するシナリオもあるでしょう。

 

物語の大筋に関係しないものについては、登場人物の描写や目標として解消されるが、根本から物語を変えてしまう事件の後出しは含めない、という考えもありうるかと。

 

これについては、どういうゲームシステムが好きかという話と直結するでしょうから、推理好きの人にこそこだわる人がいるのかなと思いますが、いかがでしょう。

 

ちなみに、事件が順次起こるゲームの典型として”人狼”があります。人狼が混じった村を舞台に、役職という名のキャラクターが与えられ、犯人を推理するトークゲームですから、マダミスに含まれる余地があると思いますが、主な違いはこの点に認められましょう。

事件の真相解明を目指す

この書き方だと、最も典型的であろうマダミスを説明できていません。

すなわち、犯人役がプレイヤーのなかにいて、その人物は事件の真相解明ではなく、自分が犯人として捕まらないことを目指す、という類型を。

犯人の有無

しかしながら、犯人役が必須かどうかについて議論される余地があり、現にされているものと思われます。

物語を好む人にとっては、犯人役のRPやその人の選択というのは大きな関心の対象足りうるわけで、これをマダミスに不可欠のものとする考えも十分に通用されるべきだと思います。

推理が好きであれば気にしないかといえば、そうでもなく、例えば犯人がいないのであれば表情や声色、行動による推理ができないことになってしまいます。

 

個人的には、上述のごとく、典型的には犯人役がいるが、いなくてもマダミス足りうると思いますが、この点についてもやはり多様な価値観とその表現があってよいでしょう。

他の目標の有無、その比重

犯人がいるとして、それ以外の人物の目標についても議論の余地がありそうです。

例えば、事件の解決に何ら無関心な登場人物たちがいても、それをマダミスと呼べるのか、とか。

マダミスの中心的な価値を犯人を捜すための推理だとするならば、自分自身が犯人というわけでもないのに、シナリオによって用意された目標がために推理することを封じられるわけですから、これをマダミスの外と言いたくなる気持ちもわかる気がします。

共犯者で犯人類似のポジションなら良いとする人や、確白を用意してほしいという人など、その価値観は様々でしょうが。

 

また、そもそもプレイヤーの価値判断をみたいという人にとって、目標はむしろ選択肢を狭めるものでしかなく、犯人を見つける以外の目標を不要とする人がいても不思議ではありません。

トークゲーム

そもそもトークゲームって何と訊かれたら、僕はここでこの記事を終えなければならないのですが、まあここでは会話によって進行するゲームということにします。(させてください。)

とすると、2つの問題が生じます。

第一に、どこまでが会話に含まれるか。

第二に、誰と誰の会話が求められるか。

ゲーム形態

第一の問題について考えてみましょう。

現状のマダミスは、僕の知る限りでは、対面で行うものと、通話を使うもの、およびチャットを使うものとがあります。

チャットを会話に含めるかはかなり悩ましいものがあります。また、表情とか声色とか、推理にしてもRPにしても使えるものが違ってきますから、小さくない問題でしょう。

が、実際にはこの問題は表出しません。ゲーム形態は参加する前にわかるからです。後述しますが、マダミスの定義云々が問題になるのは、参加前の事前説明を丁寧にしすぎるとネタバレを含みかねないからです。しかし、チャットか通話か対面かは形式の問題であって、これを伝えたところで内容はわかりようがないのです。

ということで、定義云々の問題にせずとも、チャット×などとしておけばよいのです。

ゲームのシステム

第二の問題。これはもう少し踏み込んだ話です。

典型的には密談があるかないか、という形で現れます。現状、全体での会議が含まれるのであればだいたいマダミスから外れないように思われますが、もっと際どいシステムが現れたら議論になりそうです。

例えば、各プレイヤーがGMとしか会話しない、とか、プレイヤーの一人がずっと発言できない、とかね。

推理にせよRPにせよ、プレイヤー同士での会話から発展するところが大きいでしょうから、かなり厳しめな定義がされそうな気がします。

参加者全員が

さて、ここまでの話から薄々気づいているかもしれませんが。

そうです。プレイヤーが1人しかいないマダミスはありうるのか、というのが最後の問題です。

これまでの諸要素のうち、1つでも1人では達成できないものを定義に含めるのであれば、必然的に複数人用のゲームということになります。ので、最後にしました。

まあこの話も、ゲーム形態同様、遊ぶ前にわかるからマダミスに入れても入れなくてもプレイヤー的には困らないとは思いますが。

 

結語

というわけで、だらだらと検討してきました。

改めてマダミスはいろんな種類のシナリオが世にあふれていて、かなり盛り上がっているなという気がします。

定義が問題となるということは、それだけ限界的な、いいかえれば挑戦的なシナリオが出ているということで、個人的には嬉しい限りです。

 

他方で、時間がかかり、エネルギーを使い、また他人と遊ぶ(ことの多い)ゲームですから、シナリオを吟味したくなる気持ちも大いにわかります。

そして、マダミスの難しいところは、シナリオを吟味しようとするとネタバレの壁にぶち当たるということです。

例えば、犯人がプレイヤーのなかにいるシナリオを探そうとすると、本来犯人がPCかNPCか不明なはずのシナリオについて、それがNPCにいることを知ってしまう、ということがありうるように。

 

どこまでを定義の問題として、どこからを好みの問題とするかは、かなり曖昧な境界だと思いますが。

マダミスについて強いこだわりがあるのなら、”定義”として言語化しておくことで、誘われる際のシナリオ選択の考慮に入れてもらうというのは有意でしょう。

もっとも、強すぎる言葉を使ってしまい誘ってくれる人を減らすのが得策だとは思いませんが。

 

この記事が、マダミスを語るうえでのガイドマップとなりうることを願いつつ。

                                 以上